BBAとの思い出。
どうでもよすぎてどんどん忘れていくのでちょっと書いとく。
夫の実家に越してきたのは3年ちょい前。
義父母が暮らしてる家と、義祖母が暮らしてる家が同じ敷地内にあって、義祖母の家の方が広いからと私達は義祖母の家に入ることになった。
義祖父が死んで10年くらい経ってて、義母が義祖母の実子なのだけど、義父と義祖母が仲悪くて一緒に暮らしてなかったそう。
この家に入ることは、義母と夫が決めたようなもので私に選択権などなかった。
義母から「ちょっとワガママな所があるんだけど、もう直んないから」って聞いてて、嫌だけど、家賃ないならまぁ助かるし、無理なことは無理って言って受け流しながら穏便にやってこうと思ってた。うちのかわいい子供と毎日顔合わせてたら寿命伸びちゃうかな〜くらいに思ってたんだけど。
だが暮らしてみたら、ちょっとワガママな所とかいうレベルの問題じゃ!ねぇ!というトンデモババァだった。
まず「自称キレイ好き」なので掃除、片付けができてないと怒るんだけど、当時子供は1歳と4歳なので、まぁムリだよね。
おもしろエピソードとして。越してきた次の春からコロナ流行りだして、晴れてれば公園行くけど、雨の日はもうどこも行けねー…つまんないけど家の中で遊ぶしかないね〜と朝食と着替えを終えて遊びだした朝。朝ですよ。
ガラ、っと戸が開いたと思ったら開口一番、「お片付けしなさい!」て言われて思わず「うるっせぇんだよぉぉぉ!!」てなっちゃったよね。
雨の日の朝、幼い子供がおもちゃキチンと片付けて、何して過ごしてりゃいいっつーんだよ。
自称キレイ好きなんだけど、昔の人なので衛生的観念は薄く、片付けは「入れ物に全部つめこんでしまっておけばオケー」という考え方。
棚という棚の中はごみのようなものだらけ。何年も前に賞味期限切れてるカレールゥとか。台所は虫も発生しててキヤーだった。私と夫で片付けた。
もうボケも入ってたんだろうけど。
あと大きな問題が、「ヨソモノを受け入れられない」。
越してきてすぐのころは、義祖母の「義父はこんなことしてあんなこと言って、すごい嫌なやつなんだ」って話を「ふんふん、そうなんだ〜。義父ってちょっと怖い人なのかな。一緒に暮らしてる義母のメンタルは大丈夫なのかな〜」なんて思ってた。
でもいろいろいろいろあって一年くらい経ったころ、「お前ほど嫌なやつに会ったのはこれまで生きてきて初めてだよ!!」みたいなこと言われて、本当に理解した。
私がどれだけマメに掃除して、控えめな態度でいい顔をしていたとしても、この人の頭の中で最初から「この家を乗っ取りに来た悪い孫嫁」という設定キマっちゃってたんだって。
よかったね、じぃじ。じぃじより私の方が嫌なやつで更新されたってよ。
「義父は嫌なやつだ。私が死んだらこの家を好きにできると思ったらそうはいかねぇんだから」と言っていたのを、「ふーん、でも義父は義母と住んでいる家があるのにこっちの家をどうしたいんだろうなぁ?」なんて思ってた私かわいい。
今はわかる。義父に聞いたわけじゃないけど。
義父は一度も、「義祖母が死んだらこの家は俺のものだ!」と言ったことはないし思ったこともないよ。
私も「家を乗っ取られた」って何度も言われた。
でも。もう一個おもしろエピソード。
ある休日。私はその日、珍しく朝から床の拭き掃除を済ませていた。
そこへ「まったく…掃除しやしねーんだから…」などどブツブツいつもの聞こえよがしの嫌味を言いながら掃き掃除をしにきた義祖母。
あんまり汚れがなかったからか、いつも見ないような隙間見て、「ちょっと!見てこのホコリ!うわーこんなになってるとは思わなかったなぁ〜」とか言ってて。
反応しなかったけど、「うわぁ!テレビでしか見たことのない、あの幻の『〇〇さん?何ですかこの埃は?』が現実にぃぃぃ!」と内心ちょっとテンション上がる。
でも、私達には非現実の話だったけど、義祖母はリアルにそんな時代を生きてきたのかもしれないなぁ、と思って。
嫁はヨソモノ。認めてもらうために相手の家のやり方に従い頑張って家事して、嫌なこと言われても出ていかされたら困るから我慢。自分がそんな思いをしてきたのかも。
でも、ごめんねおばぁちゃん。そういう時代、終わり切ってるんだよね。
私の立場はそんなに弱くない。もし、夫にも義父母にも出ていけって言われれば、子連れでも子なしでも実家帰って暮らしていくよ。別にいいよ。
同居後半は、いびりたいのに私がいびられなくて躍起になってるのかな?みたいな感じで言ってること支離滅裂すぎてもうおもしろいなぁと思って聞いてたけど。
こども達に、お年寄りには優しく、と伝えたかったなぁ。
自業自得でこども達にも嫌われて、でもそれも私が義祖母は悪い奴だと吹き込んでいるせいだと言ってた。
かわいそうな人だった。義母か叔母が、もっと若いころに精神科とか連れて行ってくれてたら、と思った。
昨夏施設に入ってからは、一度も顔を合わせていない。
まぁ、いい人生経験になったよ。
さようなら、おばあちゃん。